収録作品
猟奇の果
「猟奇の果」(長編小説)
<あらすじ>
名古屋市のある資産家の次男青木愛之助(あいのすけ)と、その友人で通俗科学雑誌社長の品川四郎は、品川と寸分違わぬ顔形の男(幽霊男)が存在していることを知る。
幽霊男の隠れ家を突き止めた愛之助が部屋の様子を盗み見ると、幽霊男は若い女の生首を弄んでいた。番犬に見つかり幽霊男に捕らえられた愛之助は部屋に監禁されてしまうが、翌朝警官によって救い出される。しかしその家には人の住んでいた形跡はなく、幽霊男の姿も、若い女の生首や胴体もなく、一滴の血のあとさえ発見されなかった。
それから三日目の夜、愛之助は細君の芳江(よしえ)が一人で流しの自動車を呼び止め、それに乗ろうとしているのを見つける。愛之助が別の自動車で尾行をすると、芳江の乗った車は愛之助が監禁された幽霊男の隠れ家の前に止まる。
愛之助は芳江のあとを追って家の中へ忍び込んだが、幽霊男に見つかってしまい、テーブルの上にあったピストルで幽霊男を撃ち殺してしまう。
自暴自棄になって酔っ払った愛之助が一軒のバーに入ると、いつか浅草公園で出会った青年に再会する。「奇跡を行っている場所がある」という青年の言葉を信じ大金を払った愛之助は秘密の場所に連れて行かれる。
果たして愛之助はその後どうなったのか。そしてなぜ品川とそっくりの人間が存在し得たのか。
<レビュー>※ネタバレあり
本作は青木愛之助が主人公の前編「猟奇の果」と、しろうと探偵明智小五郎が主人公となる後編「白コウモリ」から成っています。
前編は品川四郎とそっくりの人間が存在するというドッペルゲンガー的怪奇が興味をそそり、後編は明智と白コウモリ団の闘いへと展開していきます。
前編と後編でだいぶ色合いが違う点は賛否両論ありそうです(どうやらこれには横溝正史が関わっているようですが)
愛之助は乱歩の作品によく出てくる「金持ちで刺激に飢えている」タイプの人物で、本作では「猟奇者」と表現されています。
自分とそっくりの人間が存在していることに不安を感じる品川に対し、愛之助はどこか他人事、興味本位で幽霊男の正体を探っていました。しかし、ある出来事から幽霊男と妻の芳江が不倫しているのではないかと疑うようになり、幽霊男を憎むようになります。実際には芳江と声がそっくりの別人だったのですが、愛之助は逆上してピストルで幽霊男を撃ち殺してしまいます。実はそれも幽霊男のお芝居だったのですが、猟奇の果に殺人を犯してしまったと思い込んだ愛之助は正常な判断力を失い、幽霊男を首魁とする白コウモリ団の一味となってしまいます。
その後、白コウモリ団は岩渕(いわぶち)紡績社長の宮崎常右衛門(みやざきつねえもん)をさらって何者かが宮崎氏に成り代わり、宮崎氏の娘雪江を殺害。
続けて幽霊男が明智を誘拐すると、明智に成り代わった愛之助が赤松紋太郎警視総監を連れ去り、白コウモリ団の斧村錠一(おのむらじょういち)が赤松警視総監に成り代わります。
さらに幽霊男の手によって白コウモリ団の一味となっていた芳江がこじき娘に扮し、内閣総理大臣大河原是之(おおかわらこれゆき)氏の娘美禰子(みねこ)に接触。芳江はまんまと美禰子に成り代わります。
白コウモリ団の魔の手は遂に内閣総理大臣へと伸びますが、大河原首相の秘書官野村弘一に化けた本物の明智がこの危機を救います。
明智と大河原首相は事前に口裏を合わせて芝居を打ち、赤松警視総監(斧村)と明智(愛之助)を呼び寄せます。白コウモリ団の竹田という共産主義者が野村秘書官に成り代わっていると信じ込んでいる斧村は、野村が赤松警視総監(斧村)と明智(愛之助)を逮捕するよう警官に指示したことに混乱します(ただ、作中に竹田は大河原首相の偽物とも書かれている。ややこしさに乱歩自身も混乱?)
明智は白コウモリ団の巣窟に囚われていたため、陰謀の内容を全て知っていました(明智に陰謀の内容を聞かれた、あるいはわざと聞かせたあげく逃げられてしまうあたりはマヌケです)
こうして陰謀を逆手に取った明智は斧村、愛之助、芳江らを捕らえることに成功します。
大河原首相の入れ替えは明智によって防がれ、偽物の大河原首相は押し入れの中の箱に入ったまま。偽物の野村秘書官は既に波越警部によって警視庁の地下室に確保されており、偽物の宮崎常右衛門も警視庁の別の一隊が逮捕に向かっていました。
明智らは幽霊男の逮捕と、本物の赤松警視総監、宮崎氏、野村秘書官を救いに賊の隠れ家へと向かいます。
その後、幽霊男と2人の団員(そのうち1人は「奇跡を行っている場所がある」といって愛之助を白コウモリ団に引き入れた青年)はあっさりと捕まり、いよいよそっくりの人間が存在する真相について明かされます。
それは、元大学教授の大川博士が研究を重ね「医学」と「美容術」とを混ぜ合わせて完成させた「人間改造術」で、幽霊男は博士に生活費と研究費、そして実験台となる生きた人間を供給していた、というものでした。
人間改造術は人間の容貌を随意に変える方法で、そっくりの人間がいくらでも出来てしまうという点は「何でもあり」な感じもしますが、一応「モデルに近い身長骨格、容貌の人物が素材として捜し出される」という人間改造術を行うための条件は設定されています。
ただし、いくら見た目がそっくりでも言葉遣いや態度などでばれるのでは?という当たり前の疑問に対しては、宮崎氏の娘雪江にだけはばれましたが、それ以外は「巧みに欺きその手腕は侮りがたい」とやや苦しい説明で乗り切っています。この辺は力業、ご都合主義と言えるかもしれません。
最後に幽霊男らの脱走騒ぎがありますが、明智の機転によって防がれ、白コウモリ団の一味はことごとく逮捕。気違いとなった大川博士は精神病院に移されました。
本作において気になった点がいくつかありますが、ここでは3つほど挙げたいと思います。
1. 幽霊男がなぜ品川四郎を選んだのか
これについて明確な理由は書かれていません。ただ「いばりかえった科学雑誌社長さまをからかってやれ」という発言があることから、何らかの恨みはあったのかもしれませんし、誰でも良かったのかもしれません。
ちなみに愛之助は幽霊男のターゲットではありませんでしたが、幽霊男の存在に興味を持ってしまったために狙われてしまいました。
また、幽霊男は「最初からこんな悪党ではなかった」と発言しており、最初は「たちの悪い愉快犯」程度でしたが、品川と愛之助を相手に上手くいったことで自信がつき、国家転覆をも狙える大陰謀に取り掛かったのです。
このスケールの違いも、前編と後編で大きく異なる印象を受ける要因の1つでしょう。
2. 人間改造術を受けたのは6人となっているが、そこに芳江が含まれていない
美禰子とこじき娘(芳江)は背かっこうから顔形まで、双子といってもよいほどそっくりであった、と書かれています。それにもかかわらず人間改造術を受けていないというのは違和感があります。実際には7人であるべきです。乱歩のミス?
3. 少年たちが滝つぼの近くで発見した女の左腕が誰のものだったのか
腕が見つかったのは芳江が幽霊男に誘拐された数日後なので、芳江が殺されてバラバラにされ捨てられたと考えるのが自然ですが、芳江は最後まで生きています。
幽霊男は明智と波越警部に芳江の腕だと言っていますが、それが本当であっても嘘であっても、何らかの言及がなされるべきです。芳江は後に美禰子に成り代わりますが、腕に関する描写は一切ありません。乱歩はこの左腕が芳江の腕(=芳江は殺された)という設定を忘れてしまうような凡ミスはしないと思いますが、わざわざ幽霊男が指輪を盗み取りに行ったほどの腕だけに気になります。
前編と後編でテイストが違う点を「統一感がない」と捉えるか「1粒で2度おいしい」と捉えるかで評価は変わるかもしれません。
私は後者ですが、気になる点、腑に落ちない点などが少々多く、そっくり人間が何人も出てくるややこしいお話になってしまったので星3つとしました。
<評価>
☆☆☆
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