収録作品
孤島の鬼
「孤島の鬼」(長編小説)
<あらすじ>
貿易商S・K商会に勤めていた簑浦(みのうら)は同僚の木崎初代(きざきはつよ)と恋仲になるが、医科大学を卒業した研究者である諸戸道雄(もろとみちお)が初代に求婚する。
諸戸は簑浦に好意を抱く同性愛者であるため、簑浦は諸戸が自分と初代の恋を妨げようと企てたのではないかと疑う。
そんなある日、初代が密閉された自宅で何者かに短刀で心臓を突かれて殺されているのが見つかる。さらに初代の母親の証言により、月給の入った初代の手提げ袋と前日簑浦が初代に買ってやったチョコレートの缶が盗まれていることが判明する。
一緒に住んでいた初代の母親が疑われたが、彼女が下手人だとはどうしても信じられなかった簑浦は自分自身で犯人を捜し出すことを決心し、友人のしろうと探偵深山木幸吉(みやまぎこうきち)を訪ねる。
その後、簑浦と共に初代の家を訪れた深山木は何かを掴み、簑浦に一週間ばかり待つよう伝える。
一週間が過ぎ簑浦が深山木を再訪すると、深山木のもとに「例の品物を返さないと命はない」という脅迫状が届いていた。既にその品物は簑浦に宛てて送ってあると言う深山木は、簑浦を誘って海岸へ行く。しばらく砂浜で子どもたちと遊んでいた深山木だったが、脅迫状の刻限であった正午に、衆人環視の中で何者かに心臓を短刀で突かれて殺される。
初代と深山木を殺したのは諸戸ではないかと疑う簑浦だったが、諸戸は自分が殺人犯であることを否定し、自らの推理を聞かせる。そして、諸戸は家に連れてきていた少年軽業師(かるわざし)の友之助(とものすけ)に言うことを聞かせて、自らの推理が正しかったことを証明する。続けて諸戸は友之助が言う「おとっつぁん」について聞き出そうとするが、友之助は何者かによってピストルで撃たれて殺されてしまう。
簑浦と諸戸は深山木が簑浦に送った品物=鼻の欠けた乃木将軍の石膏像を調べ、中から二冊の本を発見する。一つはかつて初代が簑浦に預け、その後深山木が持っていた初代の実家の系図帳で、もう一つはある結合双生児によって書かれた日記帳だった。この異様な日記帳を読んだ簑浦は奇妙な一致に気付き、諸戸は自らの身の上を告白する。
自分の父親である丈五郎が殺人犯なのではないかと疑う諸戸は、それを確かめるべく簑浦と共に両親が住む孤島、岩屋島へ向かう。
諸戸屋敷に着いて数日後、丈五郎の奸計(かんけい)に陥った諸戸は結合双生児が閉じ込められている土蔵に監禁されてしまうが、丈五郎が殺人犯であることを確信した諸戸は両親を騙して脱出、逆に両親を土蔵に閉じ込める。
簑浦と諸戸は系図帳に隠されていた財宝のありかを示す暗号文を読み解き、古井戸の横穴から洞窟へと潜入する。
複雑極まる地底で道に迷ってしまった二人は遂に死を覚悟し、諸戸は諸戸家の秘密を打ち明ける。その後、丈五郎に殺されたと思われた徳さんという老人に遭遇し、驚きの事実を聞かされる。
辛うじて生き延びた二人は果たして財宝を見つけ出し、無事に洞窟を脱出できるのだろうか。
<レビュー>※ネタバレあり
前半は推理小説、後半は冒険小説といった構成の作品です。
優秀なしろうと探偵深山木幸吉が早い段階で殺されてしまう意外な展開で、その後は諸戸道雄が探偵役となります。
前半のメインとなる木崎初代と深山木殺害に関する諸戸の推理は次の通りです。
① 密室状態だった初代の自宅に出入りした方法
初代の家と一棟になっている隣家から縁の下を通って侵入した。
② 犯人が誰にも目撃されずに逃げ去った方法
犯人は隣家の古道具屋で売られていた七宝の花瓶の中に隠れ、仲間がその花瓶を購入し持ち去った。
ちなみに、2つあった花瓶のうち1つは「事件前夜に客が代金を払って風呂敷包みにして帰り、事件当日の朝に使いの者が持っていった」と古道具屋の主人が証言しています(もう1つは諸戸が購入)
③ 花瓶は人が入れるほどの大きさではないという点
花瓶の中に隠れていた(=初代を殺害した)犯人は体の柔軟な曲馬団(きょくばだん)の少年軽業師である。
④ チョコレートの缶が盗まれていた理由
チョコレートは子どもにとって魅力のある品だった。
⑤ 深山木を殺害した犯人
一緒に遊んでいた子どもたちの中に紛れていた少年軽業師である。
その後、少年軽業師友之助の実演及び証言から諸戸の推理が正しかったことが証明されます。ただし、友之助は傀儡(かいらい)に過ぎず、殺人の計画者は別にいます。
この辺のトリックだけ見ればいまいちかもしれませんが、裏に潜む何者かの存在がスリルを持続させます。
本作における最重要アイテムである初代の実家の系図帳ですが、これには財宝のありかを示す暗号文が隠されていました。
諸戸の父親丈五郎はこの系図帳を手に入れるために、息子の道雄に初代と結婚するよう命令します。しかし、この求婚運動が失敗したため、丈五郎は系図帳を奪うよう指示します。
友之助は初代がいつも系図帳を入れて持ち歩いていた手提げ袋を盗みますが、系図帳は初代の手から簑浦の手に移っていたため再び失敗。ちなみに、この時友之助に初代を殺させた理由は、たとえ財宝が見つかっても財宝の本当の所有者である初代が生きていたら自分(丈五郎)の物にならないかもしれないと考えたからです。もし諸戸と初代が結婚していれば財宝は丈五郎の物になったので初代が死ぬことはなかったでしょう。
その後、系図帳は一旦深山木の手に移りますが、乃木将軍の石膏像に隠され簑浦の手に戻ります。諸戸と2人で暗号文を見つけた後、系図帳を額に隠しておきますが、結局丈五郎に盗まれてしまいます。
本作で最もインパクトのある存在として結合双生児(シャム双生児ともいう)が登場します。作中では癒合(ゆごう)双体と書かれていますが、赤ん坊の時に吉(きっ)ちゃん(男)と秀ちゃん(女)双方の皮をはぎ、肉をそいで、無理にくっつけたとあります(なお、生まれつきの結合双生児は必ず同性)
せむし(背骨が弓なりに曲がり、前かがみの体形になる病気のこと)である丈五郎は正常な人類に対する復讐として不具者を製造し、興行師に売っていました。日本中から健全な人間を1人もなくして、不具者の国を作ることを妄想していたのです。息子の道雄を医科大学に通わせ、実験動物を使った解剖学を研究させていたのも不具者製造のためでした。ちなみに、吉っちゃんと秀ちゃんは諸戸の手術により切り離され、簑浦は初代の妹である秀ちゃん(本名、緑)と結婚します。
殺人事件にまで発展した原因となった財宝についてですが、最初に探し当てたのは丈五郎でした。しかし、驚くべき黄金の山を見つけた丈五郎は気違いになっていました。なお、財宝は樋口家(後に諸戸家になる)の先祖である倭寇(海賊)が隠したもので、樋口家唯一の正統である秀ちゃん(緑)の所有となりました(結婚した簑浦との共有財産)
ご都合主義な点もありますが、様々な伏線がしっかりと回収されていきます。
終盤にはなぜ丈五郎が世を呪う妄想を抱いたか、どういった経緯で初代が系図帳を持つに至ったかといった疑問や、諸戸が丈五郎の本当の息子ではなく、丈五郎に誘拐されたよその子どもであることが明らかになります。さらに実家も分かった諸戸は故郷へ帰りますが、1か月も経たないうちに病死します。諸戸の実父から簑浦に死亡通知状が届きますが、本作はその中の一節で幕を閉じます。
「道雄は最後の息を引き取る間際まで、父の名も母の名も呼ばず、ただあなたさま(簑浦)のお手紙を抱きしめ、あなたさまのお名前のみ呼び続け申し候」
同性愛者である諸戸の簑浦への愛情を想像すると少々気味の悪さもありますが、危険を冒して犯人を追い、死を覚悟するほどの極限状態に陥りながら共に生き残った簑浦に対する友情と考えると感動的です。
<評価>
☆☆☆☆☆
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