収録作品
「何者」
「D坂の殺人事件」
「一人二役」
「算盤が恋を語る話」
「恐ろしき錯誤」
「赤い部屋」
「黒手組」
「何者」(中編小説)
<あらすじ>
松村は友人の甲田伸太郎(こうだしんたろう)に誘われ、陸軍少将の息子である結城弘一(ゆうきひろかず)の家に逗留していた。
ある晩、少将の誕生祝いということで宴会が開かれた。宴が終わり、弘一が別棟の洋館に移動すると銃声が響く。
助けを呼ぶ甲田の声を聞いた一同が洋館へ行ってみると、足首を撃ち抜かれた弘一が倒れており、犯人は現金には目もくれずに金製品のみを持ち去っていた。
警察は金色のものに非常な執着を持つ琴野光雄(ことのみつお)を逮捕するが、被害者であり大の探偵好きである弘一は光雄逮捕は見当違いであると指摘、真犯人は甲田であると推理する。その後甲田は殺人被疑者として起訴され、裁判を受けることに。
事件は解決したかと思われたが、頭の毛をモジャモジャさせた赤井というもう一人の探偵好きが弘一に真相を突き付ける。
真犯人は何者か。赤井とは何者か。
<レビュー>※ネタバレあり
犯人は軍隊に入ることを恐れた弘一で、自らの足首を撃ち抜き重傷を負うことで入隊を免れるとともに、恋愛三角関係であった甲田を殺人犯に仕立て上げるという一石二鳥の計画でした。
井戸から出発し井戸に戻っていた足跡や、琴野光雄逮捕などを犯人である弘一自身が否定したことがミスリードに繋がっていますが、弘一と松村が入隊することが序盤に書かれており、さらに弘一が死ななかったことから早い段階で犯人の見当がついてしまいました。
ちなみに「モジャモジャ頭」ですぐにピンとくる方も多いと思いますが、赤井は明智小五郎です。
<評価>
☆☆☆
「D坂の殺人事件」(短編小説)
<あらすじ>
D坂の大通りに白梅軒というカフェがあり、真向かいには場末の古本屋があった。
ある蒸し暑い晩、白梅軒から古本屋を眺めていたわたしは、店番の女房がなかなか出てこないばかりか、店と奥の間との境にある障子の格子戸が閉まるのを見て不思議に思う。
わたしに気付いて白梅軒に入ってきた明智小五郎も同じく異変を感じ、二人で古本屋に行ってみると、奥の間に首を絞められて殺された古本屋の女房の死体が横たわっていた。
死体には多くの生傷があったが抵抗した様子はない。また、表口から出ていった者はおらず、裏口の路地を出入りした者もいないという。
刑事による取り調べにより、死体にあった生傷は主人がつけたものだと分かったが、アリバイのある主人に殺害の疑いはかからなかった。
探偵小説好きのわたしはいくつかの状況証拠から明智が犯人であると推理するが、明智はそれを否定し異様な結論を導き出す。
古本屋の女房とそば屋の女房の体にあった生傷は一体何を意味し、犯人はどのように姿を消したのか。
<レビュー>※ネタバレあり
名探偵・明智小五郎が初めて登場した記念すべき作品。
年齢は二十五歳を越しておらず、顔つき、声音、歩き方は講釈師の神田伯竜に似ており、モジャモジャともつれ合った髪の毛をひっかき回すのが癖、などと描写されています。
肝心の犯人ですが、殺したのはサドのそば屋の主人で、殺された古本屋の女房はマゾでした。
お互いが探し求めていた相手であり、狂態がエスカレートしていった結果殺してしまったというのが真相なので、事件でもあり事故でもあります。
残虐な殺人事件を匂わせながらのSM事故死というオチは良かったですが、2人の学生の証言が食い違っていた理由を記憶の曖昧さで片付けるなら証言自体必要なかったかなと思いますし、裏口を使った逃走経路も肩透かしを食った感が否めないので星3つ。
<評価>
☆☆☆
「一人二役」(短編小説)
<あらすじ>
自分の女房が自分以外の男と接するときの様子をすき見したら面白そうだと考えたTは、変装をして自らが「自分以外の男」になりすました。
このいたずらを繰り返しているうちに、女房は変装したTを他の男だと信じつつ好意を見せ始める。
Tの最初のもくろみは果たされたが、女房が自分以外の男(実際にはT自身であるが)を愛し始めたことに嫉妬する。
Tは慌てて仮装を中止したが、夫婦の間には妙な隔意を生じていた。
そこでTは元の自分を捨てて、まるで違った仮想の男に化ける決心をする。
その後、仮想の男になりすましたTは女房に近づき、まもなく同棲することになった。
ある日久しぶりにTとその女房に出会うと、Tは真実を語った。
<レビュー>※ネタバレあり
「そりゃそうだろう」という納得のオチ。奥さんは全て気付いていました。
自らの存在を消して別の人間になりすまし、元の自分の立場を取り戻すという発想は面白い。
<評価>
☆☆
「算盤が恋を語る話」(短編小説)
<あらすじ>
とある造船会社会計係のTは、隣の席の若い女事務員S子に恋をしていた。
内気で臆病なTは、そろばんに表した数字による簡単な暗号通信で自らの気持ちを伝えることを思い付く。
始めてから二週間ほどが経ったある日、Tは赤面して視線をそらすS子を見て暗号が通じたと確信する。
その後思い切って待ち合わせ場所に誘うと、S子から同じ暗号で「ゆきます」という返事が。
Tは息せき切って待ち合わせ場所へ向かったが、二時間以上待ってもS子は来なかった。
帰り道、Tはとんでもない考えが頭に浮かび大急ぎで会社へ引き返すと、奇跡のような偶然を目の当たりにする。
<レビュー>※ネタバレあり
純情な男の哀しき思い違い。
Tは会社に戻ると、S子の机にあった原価計算簿のあるページを開きます。その帳尻の締め高が偶然にも「ゆきます」という例の暗号に一致していたのです。
S子は最後まで暗号には気付かず、計算したそろばんを片付けるのを忘れて帰っただけでした。
しかし8つの数字(八十三万二千二百七十一円三十三銭)が偶然一致するというのはさすがに強引では?
<評価>
☆☆
「恐ろしき錯誤」(短編小説)
<あらすじ>
ある日の真夜中、北川の住んでいた借家の隣から失火して、彼の家も丸焼けになってしまう。
彼は生まれたばかりの幼児を抱いて、友人である越野の家へ避難した。
しかし女房の妙子は捜しても捜しても姿が見えず、疲れ切った北川はひとまず床についた。
その翌日、妙子が燃えさかる家の中へ飛びこんで焼け死んだということが分かる。
後に北川は越野から「ひとりの男が妙子に近寄っていったかと思うと、もと来た方へ走り去り、その直後彼女は家の中へ飛び込んだ」という目撃談を聞く。
また、越野は火事場で見覚えのある男に会ったが、それが野本か、井上か、松村かがハッキリしないと言う。
そこで北川は金メダルを使ったトリックを用意するが、井上と松村はメダルを取り出すまでもなく無実であることが明瞭になる。
一方、北川の作り話を聞き、金メダルを手にした野本はちゃぶ台の上にうつ伏してしまう。
これを見た北川は自らの勝利(復讐の成功)に歓喜したが、翌日目を覚ますとある恐ろしき錯誤の可能性に気付く。
ちょうどその時、野本から一通の封書が届いた。果たしてその内容は…
<レビュー>※ネタバレあり
野本から送られてきた手紙により2つの事実が明らかになります。
1つ目は、野本がちゃぶ台の上にうつ伏したのは睡眠不足が原因で眠ってしまったということ。
2つ目は、野本の写真ではなく松村の写真を貼り付けた金メダルを野本に見せていたということ。
特に2つ目は痛恨のミスでした。
金メダルのトリックは、本人の写真を見せることで「これほど自分を思ってくれた人(妙子)を自らの手で焼き殺してしまった」と後悔させるのが狙いなので、別の人間の写真が貼り付けてあるものを見せても全く効果がありません。
これにより復讐が成功したのか失敗したのか分からなくなったばかりか、犯人が越野である可能性も生まれました。真相が分からないまま終わるという乱歩らしいオチです。
ちなみに妙子を焼き殺した方法は「ぼっちゃんは奥座敷に寝ている」と告げ、赤ん坊を助けるため燃えさかる家の中へ飛びこませるというもの。これは次に収録されている「赤い部屋」で、法律に触れない殺人法の1つとして語られています。
<評価>
☆☆☆
「赤い部屋」(短編小説)
<あらすじ>
世の中の事柄に退屈しきっている者たちで作られた「赤いへや」の会。
新入会員のTはただ退屈をまぎらすために「法律に触れない殺人法」によってこれまで九十九人の命を奪ってきた。
そのきっかけとなったのは、自動車で老人をひいてしまった運転手にヤブ医者を教えてしまい、老人が死んでしまったという偶然の過失であった。
しかし、近頃になって人殺しにすら飽きてしまい、自殺でももくろむほかに刺激の求めようがなくなったTは、アヘンの喫煙にふけり始めたという。
そして、アヘンの毒で死ぬ前に自分がやってきたことを打ち明けておきたいと、Tがこれまで実践してきたいくつかの殺人法について語る。
Tは一通り話を終えると突然ピストルで給仕女を撃つ。しかしそれはおもちゃであることを明かし、今度は女に撃たせる。すると、撃たれたTは血を流して倒れ苦悶し始める。二発目には実弾が装填してあったのだ。
Tは最後の百人目として、自らを犠牲に「法律に触れない殺人法」を披露したのか。
恐ろしい沈黙が赤いへやを支配したが、突如女のすすり泣きの他にもう一つの異様な声が聞こえてきた。
<レビュー>※ネタバレあり
Tの話は全て作り話で、最後もTと給仕女によるお芝居でした。
偶然の事故に見せかけて人を殺す完全犯罪(プロバビリティーの犯罪)のアイディアは面白く、Tが既に死を覚悟しているという設定のおかげで最後の芝居にも真実味があります。
ただ、個人的にはどんでん返しが無い方が良かったです。
Tの話は全て本当で、最後は自ら法律に触れない殺人法を実践して死んだという終わり方の方が狂人のインパクトを残せたでしょう。
<評価>
☆☆☆☆
「黒手組」(短編小説)
<あらすじ>
わたしのおじの娘である富美子(ふみこ)が「黒手組」と自称する賊徒の一団に誘拐された。
多額の身代金を渡したにもかかわらず娘が帰ってこない状況に、狂的な日蓮宗の信者であるおじはお祖師様にすがる他なかった。
「D坂の殺人事件」でしろうと探偵を気取るほど犯罪や探偵といったことに興味のあるわたしだが、手掛かりがなく手に負えない。そこでわたしは友人の明智小五郎に相談をする。
明智は身代金の受け渡し現場に賊の足跡が残っていなかったことや、誘拐前日に「やよい」という聞き覚えのない人物から富美子にハガキが届いていたことなどを聞く。
翌朝現場に行って足跡の謎を解いた明智はハガキの暗号も読み解き、富美子を連れて帰ってくる。しかし、黒手組との間に取り交わされた約束があるので黒手組の正体については話せないと明智は言う。
書生の牧田は何を白状したのか、そして富美子が姿を消した本当の理由とは何なのか。
<レビュー>※ネタバレあり
まず足跡の謎ですが、明智は現場で尖ったもので突いたような跡がたくさんあるのを発見し、それが竹馬の跡であることに気付きます。身代金の受け渡しに同行した牧田が賊になりすまして身代金を受け取ったのですが、その際足跡を残さないためと身長をごまかすために竹馬を使っていました。
ちなみに牧田は恋した女を手に入れるために金が必要だったため、黒手組と富美子を利用して嘘の誘拐事件を企てました。
次に謎のハガキですが、これは富美子と恋仲だった服部時雄(はっとりときお)から送られたものでした。服部がキリスト教信者だという理由で結婚の申し込みを拒絶され、おじの家への出入りまで禁止されてしまったため、服部は匿名と暗号を用いたハガキで待ち合わせの時間と場所を伝えます。これを見た富美子は服部と駆け落ちをします。
嘘の誘拐事件と富美子の駆け落ちという真相が分かったことで、身代金を渡しても富美子が帰ってこなかった理由がはっきりします。
両者に別々の事情があったことは終盤になるまで分からないので、完璧に推理するのは難しいでしょう。それと暗号も難しく、ノーヒントでは解けないと思います。
それにしても、タイトルにまでしておきながら実際には黒手組は関与していないというのは見事なミスディレクションだと感じました。
<評価>
☆☆☆
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