収録作品
「人間椅子」
「お勢登場」
「毒草」
「双生児」
「夢遊病者の死」
「灰神楽」
「木馬は回る」
「指環」
「幽霊」
「人でなしの恋」
「人間椅子」(短編小説)
<あらすじ>
外務省書記官の夫を持つ作家の佳子(よしこ)に、イス専門の家具職人を名乗る男から手紙が送られてくる。佳子は妙に気味悪いものを予感したが、持ち前の好奇心で手紙を読み進めていく。
男はあるホテルに納めるひじ掛けイスを製作すると、見事な出来栄えにかつて覚えない満足を感じる。そして、丹精こめて作り上げたイスを手放したくないという思いから、イスの内部に隠れ潜むという恐ろしい考えに至りそれを実行する。
イスがホテルに納められると、男は人のいない時を見澄ましてイスの中から抜け出し、盗みを働く。さらに、醜く気の弱い男は、イスの中にいれば美しい人に接近し触れることさえできる「イスの中の恋」の魅力を知る。
しかし、何カ月かの後、男が入っているイスは競売にかけられ、ある官吏に買われることになる。
立派な屋敷の書斎に置かれたそのイスは、主人よりはむしろ、その家の若くて美しい夫人によって使われた。男は夫人に恋をし、気持ちを伝えるために手紙を書く。その夫人とは、この手紙を読んでいる佳子のことであった。
気味の悪さに身を震わせていた佳子に、読み終えたばかりの手紙と同じ筆跡の手紙が届く。
そこに書かれていた内容とは…
<レビュー>※ネタバレあり
「ベッドの下にストーカーが隠れていた」的な気味悪さですが、他人事のように思っていた奇人が身近にいたと分かった時の恐怖はかなりのものでしょう。
最初は「風変わりな盗人」程度だったのがやがて変態性を見せ始め、最後は自分(佳子)に関わってくるという展開も見事。
ちなみに、2通目の手紙には1通目の手紙の内容は創作(作り話)であると書かれていましたが、乱歩だけに素直に受け取ってよいのか考えさせられます。
佳子は気味が悪くてイスの中は調べていませんので真相は不明です。
ただ、男は手紙を書くために屋敷を抜け出し、屋敷の周りをうろつき回っていると書いていますので、本当の話だとしてもイスの中はもぬけの殻でしょう。何かしらの痕跡は残っていたかもしれませんが…
<評価>
☆☆☆☆☆
「お勢登場」(短編小説)
<あらすじ>
肺病を患う北村格太郎は妻のおせいが不倫しているのを知っていたが、彼女が自分から離れきってしまうのを恐れ、彼女の不倫を責めることさえ遠慮していた。
ある日、格太郎は子どもの正一たちと隠れんぼうをしている際に、押し入れの中にあった古い長持ちの中に隠れたが、偶然にもフタの金具がはまり出られなくなってしまう。
長持ちは頑丈なため、病身の格太郎には打ち破ることができず、大声で正一や女中を呼んだが返事がない。
密閉された長持ちの中で空気の欠乏に苦しんでいた時、不倫の妻おせいが帰ってくる。
おせいは格太郎が長持ちの中にいることに気付き、掛け金をはずしてフタを持ち上げようとしたが、再び掛け金をかけて閉じ込めてしまう。
やがて格太郎は死に、おせいは予期以上の遺産分配金を手に入れることに成功する。
長持ちのフタの裏には無数のかき傷とともに「オセイ」の文字が刻まれていた。
<レビュー>※ネタバレあり
格太郎の弟である格二郎はフタの裏の「オセイ」の文字を見て漠然とした疑惑を感じますが、おせいの巧みな芝居と工作にまんまと騙されます。
おせいはその後、次から次へと住所を変え、親類たちの監視から遠ざかっていきました。上手く逃げおおせたのでしょう。
ちなみに、明智小五郎対北村お勢の物語が書かれる可能性もあったようですが実現しませんでした。悪女おせいが明智小五郎に完敗する物語はぜひ読みたかった。
<評価>
☆☆
「毒草」(短編小説)
<あらすじ>
わたしが友だちと広っぱを散歩していた時、かつて堕胎薬として使われていた毒草を見つける。その毒草について説明しているうちに、わたしの家のすぐ裏に住んでいる老郵便配達夫一家の話になった。一家は決して裕福ではないが六人の子宝があり、母親の腹にはもう一人の子が宿っていた。
日が暮れ始めたので帰ろうとしたところ、それまで背中を向けていた丘の上に郵便配達夫のはらみ女房が立っていたことに気付く。
それから数日後、わたしがその女房に出会った時、おなかはペチャンコであった。
それからまたひと月ばかりたったある日、わたしは祖母から町内で三人も流産したという話を聞く。気になって丘のところへ行ってみると、毒草の茎はみな半分くらいのところから折り取られていた。
<レビュー>※ネタバレあり
毒草の茎を折り取ったのが誰かははっきり書かれていませんが、郵便配達夫一家の女房が実際に毒草による堕胎を試した後、他の女房に広まったと想像させます。
「毒草による堕胎が広まった」と一言で説明できてしまうようなストーリーながら、何とも言えない不気味さが漂う作品に作り上げてしまう乱歩の巧さを感じます。
<評価>
☆☆☆
「双生児」(短編小説)
<あらすじ>
ひとりの男を殺し、金を盗んだかどによって死刑の宣告を受けたわたしが、教誨師(きょうかいし)にもう一つの殺人について打ち明ける。
ふたごの弟であるわたしは、兄の財産やかつて自分の恋人であった兄の妻を自分のものにするため、兄を殺害することを決心する。
朝鮮へ出稼ぎに行くと告げて自分の存在を消したわたしは、兄を絞め殺して古井戸に埋め、兄に成り代わることに成功する。
だが、一年ほどで妻に飽き始め、財産もなくなり借金が増えていった。
そこでわたしは遊びの金に困るごとに兄の指紋を利用して盗みを繰り返していたが、ある夜、友人の家へ忍び込み金庫の中の現金を盗もうとしているところを見つかってしまう。
やむなくその友人を殺害し、これまでと同じ様に兄の指紋を残してその場を逃げ出す。
翌日、警視庁の名うての名探偵である刑事が訪問してきたが、捕まらない自信のあったわたしは腹の中であざ笑いながら指紋を取らせる。
後日、再び訪問してきた刑事はテーブルの上に一枚の紙片を置き、わたしの両手になわをかけた。その紙片はわたしの拘引状だった。
収監されながらも、わたしが殺したという証拠の上がりそうな道理がないと確信していたが、罪状を告げられた時、滑稽な間違いに気付く。
<レビュー>※ネタバレあり
兄の指紋だと思い込んでいたものが実は自分の指紋でした。
事前に兄と兄嫁の日常行為を詳細に研究していたとはいえ、妻にも気付かれないというのは少々強引だし、指紋のオチもあまり面白みを感じませんでした。
ですが、人を殺してその人間になりすまし、さらに死人を利用して罪から逃れようとした悪人の末路は正に因果応報。
男はこの話を妻に伝えて欲しいと教誨師に頼みます。
実は自分の夫は殺されており、夫を殺した双子の弟が成り代わっていたと知ったら相当なショックを受けると思いますが、一方で死刑宣告まで受けた犯罪者が本当の夫ではなかったと分かればその点は喜ばしいことでしょう。
あなたが教誨師だったら真実を伝えますか?
<評価>
☆☆☆
「夢遊病者の死」(短編小説)
<あらすじ>
ある朝、夢遊病者の彦太郎(ひこたろう)は父親が死んでいるのを発見する。
彼は庭続きの伯爵邸に駆けつけ書生に事の次第を告げると、間もなく警察官の一行がやってくる。
父親の後頭部には鋭器による傷があったが、現場には一束のダリアの花が落ちていた他には、凶器に使いうるような品物は何も見つからなかった。
彦太郎は日頃から父親を憎んでいた自分が寝ている間に殺してしまったのだと思い逃走する。そして、真夏の炎天下に走り続けた彦太郎はやがて倒れて死んでしまう。
警察は彦太郎が下手人だと信じたが、ある男の陳述により意外な事実が判明する。
<レビュー>※ネタバレあり
伯爵邸の書生が誤って花びんを置くための台を倒してしまい、そこに乗っていた氷のかたまり(冷房用の花氷)が窓から飛び出します。それが偶然彦太郎の父親の頭に落ちて死んだというのが真相でした。
ダリアの花は花氷に使われていたものですが、氷の部分は溶けてしまったため凶器の類が見つからなかったというわけです。
単に夢遊病者が寝ている間に人を殺したというオチにするのではなく、夢遊病者と過失による事故死を結びつけた発想が面白いです。
彦太郎の死は思い込みによる悲惨な結果ですが、捕まることを恐れて逃走したことを考えると自業自得か。
<評価>
☆☆☆
「灰神楽」(短編小説)
<あらすじ>
河合庄太郎は口論の末、奥村一郎をピストルで撃ち殺してしまう。
庄太郎がその場を逃げようとした時、一郎の弟である二郎が野球のボールを捜しに近くまで来たが、姿を見られることはなかった。
奥村一郎惨死の記事を新聞で読み、警察に捕まることを恐れた庄太郎はある計画を実行するため二郎を訪ねる。
殺人が行われた部屋で火鉢の灰の中からボールをつまみ出した庄太郎は、外から飛んできたボールがピストルをいじっていた一郎の手に当たり、自分の手で自分の額を撃ったのだと話す。
一郎が死んだ時にボールを打っていた二郎は、庄太郎が捏造した推理を半ば信じてしまう。
翌日、刑事と二郎、そして番頭さんと呼ばれた商人体の男が庄太郎の下宿を訪れてくると、二郎は火鉢に関するある事実を語る。
<レビュー>※ネタバレあり
庄太郎が灰の中からボールをつまみ出した火鉢は、事件後すぐに取り替えられた別の新しいものでした。そして、事件があった時にその部屋になかった火鉢にボールが落ちているのはおかしいということに二郎が気付いたのです。
さらに、刑事に連れられてきた番頭さんから庄太郎がボールを買っていたことも分かり万事休す。
庄太郎が捏造した推理は偶然の要素が強過ぎますが、二郎が中学生ということで半ば信じてしまったのも納得できます。しかし、最後は年下の二郎に見破られるというのが何とも痛快です。
※灰神楽(はいかぐら)とは火の気のある灰の中に湯水をこぼして灰が舞い上がること。
<評価>
☆☆☆
「木馬は回る」(短編小説)
<あらすじ>
五十幾歳のラッパ吹き格二郎は、同じ木馬館で働く十八歳の貧乏娘お冬に好意を抱く。
ある晩、回転木馬に乗った若者がお冬のおしりのポケットに封筒を入れる。
恋文だと思い込んだ格二郎は嫉妬し、お冬に気付かれないようにその封筒をポケットから引き抜くと、それはなんびとかの月給袋だった。
スリを働いた若者が刑事ににらまれて逃げ場に困り、スリ取った月給袋をお冬のポケットに入れたのだと考えた格二郎は、その金でお冬にショールを買ってやると約束し、さらに格二郎のおごりで木馬館の仲間たちと回転木馬に乗って万歳を連呼した。
<レビュー>※ネタバレあり
格二郎は18歳の娘に好意を抱くことに恥ずかしさを感じるとともに、不正の金によって快楽を得ようとする浅ましさとみじめさにさいなまれます。
冴えない日々を送る中年男性が回転木馬に乗ってやけくそ気味に万歳を連呼している姿を想像すると悲哀を感じます。
<評価>
☆☆
「指環」(短編小説)
<あらすじ>
二人の男、AとBは以前汽車で会った時のことを話す。
Bは貴婦人のダイヤの指環をすったと疑われていたが、車掌らがBの身体を調べても指環は見つからなかった。
AはBが窓から投げたミカンの中に指環が隠してあると考え後から拾いに行ったが、ミカンの中に指環を隠した痕跡はなかった。
果たしてBは指環をどこに隠したのか。
<レビュー>※ネタバレあり
Bが窓からミカンを投げたのは、Aがそのことを吹聴し、みんなの意識がミカンに向くと踏んだからですが、予想に反してAは黙ったまま、指環を自分のものにしようとミカンを拾いに行きます。
しかし、ミカンの中に指環はなく、まんまと騙されたAがしつこく指環の隠し場所を問いただすと、BはAが腰に下げていたタバコ入れの底に忍ばせ、Aがミカンを拾いに行こうと改札口を出る時に指環を取り戻したことを明らかにします。
どこに隠してどのように回収したのかというオチが少し薄味に感じましたが、ミカンを投げた機転は見事。
AとBの口調が途中でがらっと変わるところも面白いです。
<評価>
☆☆☆
「幽霊」(短編小説)
<あらすじ>
実業家の平田氏は、自らの命を狙っていた辻堂(つじどう)老人が死んだことを知り安心していた。
しかし、そんな平田氏のもとに辻堂が書いた一通の手紙が届き状況は一変する。
そこには「怨霊になって貴様を取り殺す」などと書かれており、その脅迫状を読んでからというもの、平田氏は気味の悪い妄想に苦しめられ不眠症が酷くなっていった。
やがて、様々な場所で辻堂の顔を見るようになった平田氏は、辻堂がまだ生きているのではないかと疑い戸籍謄本を調べる。しかし、辻堂の名前の上には十文字に朱線が引かれ、死亡の年月日時間が明瞭に記入されていた。
葬式が行われ、戸籍謄本でも死亡が確認された辻堂。やはりこれは怨霊の祟りなのか。
恐怖にさいなまれていた平田氏は家族の勧めで旅行に出掛けるが、そこでも辻堂の顔を見る。
平田氏が同じ宿に泊まっていたある青年に辻堂のことを話すと、十日ほど経ったある日、青年は「幽霊はもう生け捕った」と言う。
これは一体どういうことなのか。そして、青年は何者なのか。
<レビュー>※ネタバレあり
まず辻堂の葬式ですが、これはお芝居でした。
「息子が泣き顔で棺のそばへついていった」とあり、平田氏の腹心は念のため近所の人にも確認していることから、辻堂の復讐は息子や近所も巻き込んでのものだったことが分かります。
次に戸籍謄本ですが、これは偽造でした(厳密には一部書き加えただけ)
辻堂は平田氏の近所の郵便局で配達夫をしており、平田氏の屋敷の郵便物をすっかり盗み見ていました。平田氏が役所から取り寄せた戸籍謄本も辻堂が先に手にし、自らの名前に朱線を引き、死亡届けを受け付けたことを書き加えていました。平田氏の行く先々に辻堂が現れたのも郵便物を見ていたからでした。
辻堂老人が郵便局の配達夫というのは想像しにくく盲点と言えます。
ちなみに、青年は明智小五郎でした。東京の友人に協力してもらったとはいえ、離れたところで謎を解き、事件を解決に導いたのはさすが。
<評価>
☆☆☆
「人でなしの恋」(短編小説)
<あらすじ>
病身で美男子の門野(かどの)と結婚した京子だったが、半年ほど経った頃、夫の愛情に偽りを感じるようになる。
夜ふけにこっそりと土蔵の二階へ行く夫に疑いを抱いた京子は、ある晩、土蔵の中へ忍び込み夫のすき見を企てる。
その時、男女ふたりの話し声をもれ聞いたが、いつになっても女の姿を見つけることができない。
京子は長持ちの中に女が隠れているのではないかと疑い、門野の手文庫から長持ちのカギを盗み出し土蔵へ忍び込む。
京子が長持ちの中に見たものとは…
<レビュー>※ネタバレあり
長持ちの中にあったのは京人形で、十歳ばかりの小児の大きさのおなご人形でした。
多くの読者が途中で「人形との恋」に気付くと思いますが、本作はそれが判明しただけでは終わりません。
京子はその後、人形を叩き潰します。何も知らない門野はいつものように土蔵へ行きますが、待っても待っても門野は帰ってきません。気になった京子が土蔵へ行くと、そこには門野と人形の二つのむくろが折り重なって、板の間は血潮の海となっていました。門野は愛する人形の後を追って自殺をしたのです。
「間接的な人殺し」は乱歩らしく、「人間と土くれとの情死」という表現も秀逸。
ちなみに「男女ふたりの話し声」はいずれも門野の声でした。
<評価>
☆☆☆☆
↓メルカリの「江戸川乱歩」検索結果ページ
↓駿河屋の「江戸川乱歩」検索結果ページ

