江戸川乱歩⑧「心理試験」

乱歩とハヤブサ 江戸川乱歩

収録作品
心理試験
「二銭銅貨」
「二廃人」
「一枚の切符」

「百面相役者」
「石榴」
「芋虫」

「心理試験」(短編小説)

<あらすじ>
斎藤勇(さいとういさむ)が部屋を借りていた家の主である老婆は、床の間に置いてある植木鉢の底に現金を隠していた。
その金に目を付けた斎藤の同級生である蕗屋(ふきや)清一郎は、数カ月の準備期間の後、老婆を殺して金を盗む。
蕗屋は現金の半分を植木鉢の底に戻し、もう半分を事前に用意していた財布に入れ警察署へ届け出る。これなら遺失主は絶対に出るはずはなく、一年後には間違いなく金が手に入る最も安全な方法だと考えた。
その後、家に帰ってきた斎藤は老婆の死骸を発見するが、好奇心と誘惑に負け植木鉢の底の現金を盗む。それから何食わぬ顔をして人殺しのあったことを警察へ届け出たが、盗んだ金を腹巻きの間へ入れたままであったため、その場での身体検査により嫌疑がかけられる。
だが、老婆を殺したのが斎藤であるという確証もなく、この事件を担当した予審判事の笠森(かさもり)氏は、斎藤ともう一人の嫌疑者である蕗屋に心理試験を行う。
心理試験に対して十分な準備をして臨んだ蕗屋は疑いから逃れたが、笠森判事は斎藤が犯人であるという確信ができず判断に迷っていた。
笠森判事から詳しい事情を聞いていた明智小五郎は、心理試験の結果を見て老婆殺しの犯人は蕗屋であると考え、真相をつき止めるため蕗屋を呼び出す。

<レビュー>※ネタバレあり
蕗屋が老婆を殺害した際、部屋には金屏風がありました。明智は蕗屋に「屏風に傷があったか」と尋ねますが、蕗屋は「部屋に入ったのは事件があった二日前に一度きり。屏風を見たのは覚えており、確か傷はなかった」と答えます。しかし、金屏風が老婆の家に持ち込まれたのは事件の前日でした。蕗屋が部屋に入ったのが事件のあった2日前に1度だけであるなら、屏風を見ているはずがありません。これにより蕗屋が事件当日に部屋に入った可能性が高くなります。
さらに明智は心理試験での回答速度を見て、蕗屋が自分が犯人だと疑われないように準備をして試験に臨んだことを見抜きます。
蕗屋の周到な準備と小細工を弄(ろう)しない無技巧主義を逆手に取って、致命傷となる言質(げんち)を引き出してしまう明智の鋭敏さと巧みな会話が見事。

<評価>
☆☆☆☆

「二銭銅貨」(短編小説)

<あらすじ>
ある大きな電気工場で、職工に支払う給料が盗まれる事件が起きる。
やがて紳士盗賊と呼ばれていた大泥棒がタバコの吸い殻から足がついて逮捕されるが、盗んだ金の隠し場所については一言も白状しなかった。
困った工場の支配人は、その金を発見した者に発見額の一割の賞をかけることを発表する。
ある日、わたしと共に貧しい生活を送っていた松村武(まつむらたけし)が、机の上に置いてあった二銭銅貨の中から一枚の紙片を発見する。
それは「南無阿弥陀仏」の六字を使ったいたずら書きのようなものだったが、松村はこれを、紳士盗賊が盗んだ金の隠し場所を記す暗号文ではないかと考える。
見事に暗号文を解き明かし部屋を出ていった松村は、風呂敷包みに例の金を入れて戻ってくる。
紳士盗賊に打ち勝った松村はわたしよりも頭が良いと威張ったが、わたしはその暗号文に隠されたもう一つの暗号と真実を明らかにする。

<レビュー>※ネタバレあり
江戸川乱歩のデビュー作。
松村が風呂敷包みに入れて持って帰ってきた金は、わたしの遠い親戚にあたる正直堂という印刷屋で作られたおもちゃの札でした。
松村が二銭銅貨の中から見つけた暗号文の紙片はわたしが仕込んだもので、松村が解いた暗号の翻訳文を8文字ずつ飛ばして読むと「ご冗談」となります。
日頃から松村よりも頭が良いことを示したかったわたしが仕組んだいたずらだったのです。
金を手に入れ、得意げに暗号解読について語る松村を想像すると気の毒に感じますが、同時に読者である自分も騙されたような面白さを味わえます。

<評価>
☆☆☆☆☆

「二廃人」(短編小説)

<あらすじ>
戦争で無残に傷ついた顔面となった廃人の斎藤氏が実戦談を語り終えると、続いて井原氏が自らも廃人となった身の上を語り始める。
井原氏はかつて夢遊病に悩まされ、寝ている間に他人の品物を持ってくるか、自分の持ち物を持っていった先へ落としてくるという症状があった。
ある朝、井原氏が目を覚ますと、部屋の入り口に見覚えのない風呂敷包みが置いてあった。また寝ている間に持ってきてしまったのかと思い、慌てて押し入れの中へ投げ込む。
その時、ひとりの友だちが下宿の老主人が殺されたことを伝えにくる。井原氏が現場へ行くと、老主人は襟巻きで絞め殺されて冷たくなっていた。さらに多額の債券や株券が盗まれ、老主人の枕元に一枚の汚れたハンカチが落ちていたことを知る。
井原氏は部屋に戻り、押し入れの中の風呂敷包みを調べてみると、中には債券と株券が入っており、現場に落ちていたハンカチも自分のものだったことが分かる。
井原氏はその日のうちに自首をして未決監へ入れられるが、夢遊病者であることや、最初に井原氏の夢遊病を発見した友だちの木村の助けなどもあって、遂に無罪となった。
そうして井原氏の身の上話が終わると、斎藤氏は普通人の考えも及ばぬような恐ろしいことを話し出す。その話を聞いて真っ青になる井原氏。斎藤氏の顔にどこか見覚えがあるような気がしていたが、まさか…

<レビュー>※ネタバレあり
斎藤氏は木村氏が老主人を殺害した下手人であり、誰か別の人を自分の身代わりに下手人にするために井原氏を夢遊病者に仕立て上げたのではないかと言います。
それを聞いた井原氏はまんまと嵌められたと思い怒りを覚えます。
さらに井原氏は斎藤氏こそが木村氏だったのではないかと考えますが証拠は無く、自らの愚かさに気付くと同時に木村氏の機知を賛美しないではいられませんでした。
胡散臭いと思いつつも乱歩の作品なら夢遊病による異常行動も現実的に感じてしまう、という点を上手く利用しています。
「斎藤氏の顔面が傷ついている」「斎藤氏の顔に見覚えがある」という伏線もしっかり回収されます。

<評価>
☆☆☆☆

「一枚の切符」(短編小説)

<あらすじ>
左右田(そうだ)五郎が世間で噂になっている事件を松村に語る。
ある日、富田博士邸裏の鉄道線路で、博士夫人が列車にひき殺される。
夫人の懐中から出てきた一通の書き置きには病が原因による自殺と書かれていたが、死体を解剖してみると轢死(れきし)前に毒薬を服用したらしい形跡があった。これにより何者かが夫人を毒殺し、その死骸を鉄道線路まで運び、自殺と見せかけて殺人罪を犯した可能性が浮上する。
刑事巡査の黒田清太郎は、三つの証拠品から犯人は富田博士であるとした。それに対し左右田は、事件現場で拾った一枚の受取切符を証拠物件とし、博士の無罪を証明する内容の書面を予審判事に呈出する。
左右田は黒田刑事の推理を否定し、真相は書き置き通り病が原因による自殺、さらに芸妓(げいぎ)上がりの女を溺愛していた博士への復讐を兼ねた二重の目的があったと主張した。

<レビュー>※ネタバレあり
「二銭銅貨」と同時期に書かれた乱歩の処女作。
素人の左右田が名探偵と言われる黒田刑事を敵に回し、自らの推理を堂々と主張するという設定が面白い。
松村は左右田を優れた探偵と褒めましたが、左右田は自らが並べ立てた証拠は曖昧なものばかりだと言います。
左右田は書面に「一枚の切符が石ころの下敷きになっていた」と書いていますが、松村に「石ころの下からではなくその石のそばで拾ったとしたらどうだ」と言って意味ありげにニヤリとします。この一言に「証拠など容易にでっちあげることができる」という皮肉が込められていて、結局自殺だったのか他殺だったのかも曖昧にしています。

<評価>
☆☆

「百面相役者」(短編小説)

<あらすじ>
日露戦争のすぐ後、ぼくが小学教員で稼いでいた時の話である。
ある日、中学時代の先輩で、町の新聞社の編集部に勤めているRという男を訪ねると、ある劇場へ連れて行かれて芝居を見ることになる。
その芝居は座頭の百面相役者が見事な変装で様々な人物に扮するものだった。
劇場を出てRの部屋へ戻ると、彼の勤めている社の新聞記事を見せられる。
「またしても首どろぼう」という見出しのその記事には、寺の墓地から死体を発掘し、首なし胴体のみ残して逃走したくせ者について書かれていた。
さらにRは、首どろぼうの被害者であり自分の遠い親戚にあたるという老婆の写真を見せ、何か思い当たる事柄はないかとぼくに尋ねる。
よく見るとその老婆の顔がさっき見た百面相役者の変装の一つと寸分違わないことに気付く。
Rは首どろぼうと百面相役者は同一人物で、盗んだ首から様々の人肉の面を製造し、それを芝居の変装に使っているのではないかと考えていた。そして、探偵の真似をして秘密を暴いてやろうと決然として言う。
後日、再びRを訪問したぼくが何か手掛かりがあったかと尋ねると、Rはやにわにゲタゲタ笑いだした。

<レビュー>※ネタバレあり
Rの空想にまんまと騙された話。
「百面相役者」「首どろぼう」「人肉の面」といったワードに期待が高まりますが、割とあっさり終わります。
首どろぼうは既に捕まっており、百面相役者とは別人。老婆の写真は百面相役者自身の変装姿を写したものでした。
百面相役者は本当に変装が上手かったということですね。
「二銭銅貨」同様、騙される面白さを味わえる作品です。

<評価>
☆☆

「石榴」(中編小説)

<あらすじ>
探偵小説好きの警察官であるわたしは、信濃の山奥のS温泉で猪股(いのまた)という中年紳士と知り合う。
同じく探偵小説好きの猪股に、わたしが実際に扱った風変わりな事件はないかと聞かれ「硫酸殺人事件」について語る。
ある夜のこと、所轄警察署の巡査が巡回していると、空き家で一人の若い長髪の男が何かを写生しているのを発見する。巡査が注意して眺めると、そこにはザクロがはぜたような無残な顔の死体が転がっていた。
解剖の結果、何者かがむりやり硫酸を飲ませて殺害したことが判明するが、死骸を写生していた美術学生の赤池は、犯人は決して自分ではないと言い張り埒(らち)があかない。
そんな時、わたしとは懇意な間柄である老舗のお菓子屋の主人、谷村万右衛門(まんえもん)の奥さんである絹代から電話が掛かってくる。硫酸殺人事件に関係のある事柄で相談したいことがあると言われたわたしは谷村家へと駆けつける。
絹代は万右衛門が行方不明になっており、殺されていたのはもう一軒の老舗菓子屋の主人、琴野宗一だと言う。両家は数代にわたってまんじゅうの元祖争いが続いていたが、宗一の代になり琴野家は没落。しかし、両者の憎悪は収まらなかった。
そうした事情や被害者の着物が琴野氏のものであるという証言などから、万右衛門が琴野氏を殺害したと推測された。
しかし、万右衛門の行方が杳(よう)として知れない中、わたしは万右衛門の日記帳に残されていた指紋が被害者の指紋と一致していることに気付く。
たった一つの指紋から犯人推定が全く逆転し、琴野氏が万右衛門を殺害したということになった。
話が終わり、犯人がまだ逮捕されていないことを聞いた猪股氏は、わたしの推理を逆転させることが出来ると笑いながら言う。猪股氏から明かされる驚きの真相とは…

<レビュー>※ネタバレあり
「わたし」は万右衛門の日記帳に残されていた指紋は当然万右衛門のもので、被害者は万右衛門だったと考えます。しかし、猪股氏は日記帳の指紋は琴野氏のもので、被害者は琴野氏、そして犯人は谷村万右衛門だと断言します。
実は猪股氏こそが谷村万右衛門であり、知り合いだった探偵小説好きの「わたし」を利用して、琴野氏を犯人に仕立て上げたのです。
猪股氏の顔は手術などにより変わっていたので、猪股氏が谷村万右衛門であることに気付きませんでした。また、硫酸殺人事件について話したのも偶然ではなく、猪股氏がそのように仕向けていました。全て猪股氏(谷村万右衛門)の手の平の上で踊らされていたのです。
事件の動機は恋、金、恨みの3つで、琴野氏に対する恨みを晴らすと同時に、多額の負債を抱えていた万右衛門は手元にある現金を持って、不倫をしていた他人の妻明子(あきこ)と逃げるという一石三鳥の名案でした。
ではなぜ捕まる危険を冒して猪股氏は真相を明かしたのか。
1つは自らの名推理で事件を解決したと思い込んでいる「わたし」に、自分(猪股氏)の勝ちであることを思い知らせたかったから。
もう1つは唯一の生きがいだった不倫相手の明子が急性の肺炎で死んでしまったから。
その後、猪股氏は「わたし」の目の前で谷底に向かって落下し自殺します。
本作では被害者が琴野氏→万右衛門→琴野氏と変わっていきます。
顔が分からない死体は大抵別人である(本作で言うと琴野氏ではない)ことが多いですが、そのお約束が破られている点が素晴らしいと思いました。
自分の夫が他人にすり替わっていたら気付かないか?という疑念と、最も重要な証拠となり得る指紋についてケアしていなかった点もどんでん返しで払拭されます。
どうやって猪股氏は「わたし」がS温泉に行くことを知り得たのかが書かれていませんが、それも些細な事。
ちなみに、グロテスクな死骸を写生するという異常性を持った美術学生の赤池ですが、釈放後、本当の気違いになって癲狂院(てんきょういん=精神病院)に入れられてしまったということです。

<評価>
☆☆☆

「芋虫」(短編小説)

<あらすじ>
鷲尾(わしお)少将の昔の部下である須永(すなが)中尉と妻の時子は、鷲尾少将の邸内の離れ座敷に住んでいた。
須永中尉は戦争での負傷により、両手両足はほとんど根元から切断され、顔全体が見る影もなく損なわれている。話すことも聞くこともできず、鉛筆を口にくわえて文字を書くことで時子と意思疎通を取っていた。
時子は大きな黄色のイモムシのような須永中尉を、自らの情欲を満たすだけのために飼っているけだものか、あるいは一種の道具のように思っていた。
ある時、時子は夫に唯一残されていた外界との窓である両眼を潰してしまう。時子は夫の胸に指先で「ユルシテ」と幾度も書いて謝った。
何もできなくなった夫の地獄のような世界を想像した時子は、泣きながら鷲尾家へ駆けつけ懺悔する。
鷲尾とともに離れ座敷へ戻ると、時子は柱に「ユルス」と書かれているのを見つける。
事情を悟った時子は夫が自殺したかもしれないと考え、召し使いたちと庭内のあちこちを捜索する。時子がかすかな音に気付きその方向を見ると、真っ黒な一物がノロノロと蠢(うごめ)いていた。やがてそのイモムシのような生き物は眼界から消え、はるかの地の底からトボンと鈍い水音が聞こえてきた。

<レビュー>※ネタバレあり
私が初めてこの作品を読んだ時は大きな衝撃を受けました。須永中尉の姿形と時子の変態性欲。こんな小説を書いてしまう乱歩に恐怖すら感じました。乱歩こそ狂人ではないかと。
最後は須永中尉が庭にある古井戸に身を投げて自殺します。
哀しい結末のように思えますが、必ずしもバッドエンドとは言い切れません。なぜなら、時子は夫が書いた「ユルス」の意味を「わたし(須永中尉)は死ぬ。けれど、おまえの行為に立腹してではないのだよ。安心をおし」と解釈しています。もしかしたら、須永中尉は時子が自由になることを望んで自らの命を絶ったのかもしれません。そう考えるとバッドエンドどころか感動的な結末とさえ言えます。
読んだ人によって捉え方が変わるという点もこの作品の魅力ではないでしょうか。

<評価>
☆☆☆☆

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